2006年09月21日

<独ソ戦史> バルバロッサ作戦〈下〉 (文庫)


ソ連軍の冬期大反攻を食い止めたドイツ軍は、1942年夏、カフカス油田地帯の占領を企図し、新たな攻勢作戦「青」を発動する。「電撃戦」の再来を思わせる快進撃ののち、ドイツ軍部隊はスターリングラードとカフカスに迫る。しかし、快進撃はここまでであった。スターリングラードの南北から再び反攻に出たソ連軍が、ドイツ第6軍を包囲してしまったのだ。マンシュタインの必死の救出作戦が開始された。
(「BOOK」データベースより)








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<独ソ戦史> バルバロッサ作戦〈中〉 (文庫)


レニングラードまで快進撃を続けたドイツ軍であったが、ヒトラーの攻撃中止命令により、戦力の大部分はモスクワ正面へと向けられてしまう。そして、ドイツ軍がもっとも恐れていた冬将軍がやってきた。モスクワもレニングラードも制圧できないまま、寒さと泥濘の前に身動きの取れないドイツ軍に対し、スターリンは全戦線にわたって大反攻を開始した。
(「BOOK」データベースより)








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<独ソ戦史> バルバロッサ作戦〈上〉 (文庫)


1941年6月22日、ヒトラーのドイツ軍は兵力300万の大部隊をもって、ソ連軍に襲いかかった。マンシュタインをはじめとする司令官から一兵卒にいたるまで、1000人を越える人々にインタビューし、戦闘日誌、作戦命令、戦死者の日記などの膨大な資料を駆使して描き出した、今世紀最大の戦闘の実像とは?名手パウル・カレルが描く戦記ノンフィクションの最高傑作。
(「BOOK」データベースより)








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<独ソ戦史> 焦土作戦〈下〉 (文庫)


ソ連軍のドニエプル渡河は、即ちドイツ軍のウクライナ、クリミア喪失を意味した。穀倉、油田、黒海…要衝地帯を抱える南ロシアを死守せんとするドイツ軍。地滑り的敗退の中でも、必死に活路を求めていくが、1944年、智将マンシュタインの罷免が象徴するかのように、戦線の南翼は崩壊した。中央戦線においても、ソ連軍の総攻撃が始まろうとしていた。独ソ戦最終局面におけるドイツ軍の鬼気迫る防戦作戦を活写。
(「BOOK」データベースより)








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<独ソ戦史> 焦土作戦〈中〉 (文庫)


レニングラードを中心とした北方戦線は、1943年春の「泥将軍」によって中断され、その予備兵力は「城塞作戦」クルスクへと向けられた。だが、ヒトラーが起死回生の賭けに出たこの一戦の後、ドイツ軍の戦力は急激に低下していく。勢いを増すソ連軍とドニエプル川をはさんでの攻防。やがて、南方戦線におけるドイツ軍は「爆破し、焼き尽くし、破壊」する「焦土作戦」を展開しながら、西へと撤退していく。
(「BOOK」データベースより)








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<独ソ戦史> 焦土作戦〈上〉 (文庫)


1943年7月5日、ヒトラーは戦車・突撃砲3000両、航空機1800機、28個師団をもって、ソ連軍・クルスク突出部に対し「城塞作戦」を発動した。ドイツ軍、ソ連軍、双方が激突したクルスク大会戦を転機として、独ソ戦の様相は一変する。ドイツ軍の征服はスターリングラードに終わり、ドイツ軍の敗北はクルスクに始まる…。『バルバロッサ作戦』の著者パウル・カレルが描く、独ソ戦もう一つの重大局面。
(「BOOK」データベースより)








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2005年09月19日

捕虜―誰も書かなかった第二次大戦ドイツ人虜囚の末路


拷問、強制労働、飢餓、そして大脱走…。第二次大戦中、連合軍に捕らえられた1100万の元ドイツ軍将兵たちが体験した驚くべき収容所生活とは!?パウル・カレルの知られざる最高傑作。











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2005年08月10日

バルバロッサ作戦〈下〉4000キロの戦線


1942年8月、ドイツ軍は14か月にわたる戦闘の果て、ソ連領内を東方へはるか1500km進出、カフカスでは過去2000年にわたって、いかなる侵略者も足を踏み入れたことのないアジアの入り口、カスピ海沿岸アストラハン直前に到達した…。下巻ではモスクワ前面でドイツ軍を襲ったソ連軍冬期大反攻、クリミアの要衝セヴァストポリ攻略戦、ヒトラーの1942年夏期攻勢『ブラウ作戦』発動とカフカス油田地帯への侵攻、そしてスターリングラード攻防戦と、包囲された第6軍に対するマンシュタインの救出作戦『冬の嵐』『雷撃』両作戦まで、1941年末から43年初頭にかけての独ソの死闘をあますところなく活写する。

内容(「BOOK」データベースより)
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バルバロッサ作戦〈上〉攻撃目標モスクワ


1941年6月22日午前3時15分、ドイツ軍は3個航空艦隊1830機の航空機の支援の下に、兵力300万、戦車3580両、火砲7184門、車両60万、馬匹75万頭をもってソ連軍に襲いかかった…。マンシュタインをはじめとする軍司令官から一兵卒に至るまでのインタビュー、戦闘日誌、命令文、戦死者の日記等、独ソ計1000人に及ぶ協力者から得られた膨大な資料をもとに、筆者が明らかにした“今世紀最大の戦争”「独ソ戦」の実像とは!?上巻では開戦からキエフ包囲戦、そしてモスクワ前面へと推移する独ソ戦初年度の攻防とその背景を詳細に描く。

内容(「BOOK」データベースより)


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焦土作戦〈下〉ドニエプル、そしてヴィスワへ


クルスク戦以降、兵力不足から圧倒的劣勢に立たされたドイツ軍は、ついにヨーロッパ第三の大河・ドニエプル西岸への後退を開始する。一方スターリンは全歩兵部隊の40パーセント、全機甲部隊の84パーセントを結集、この地域に今次大戦空前の重点を置いた…。下巻では、ドニエプル川をめぐる攻防から1944年7月のドイツ軍中央軍集団の壊滅まで、東部戦線終盤の死闘の実相を描く。ソ連軍のブクリンへの大空挺作戦、キエフ陥落、チェルカッスィ包囲戦、そしてドニエストル、ベレジナ川へと続く独軍必死の防勢作戦が迫力の描写で再現される。

内容(「BOOK」データベースより)


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焦土作戦〈上〉クルスク大会戦


ドイツ軍の征服はスターリングラードに終わり、ドイツ軍の敗北はクルスクに始まる…。1943年7月5日、ヒトラーは戦車・突撃砲3000両、航空機1800機、28個師団をもって、ソ連「クルスク突出部」に対し『城塞』作戦を発動した…。上巻では、南方戦線におけるソ連軍大攻勢、対する独A軍集団100万人のカフカスからの後退、フォン・マンシュタインの『後手からの一撃』によるハリコフ奪回戦、そしてデミヤンスク、ルジェフ突出部からの独軍後退作戦まで、1942年末から1943年7月のクルスク戦へと至る独ソの激闘を活写する。

内容(「BOOK」データベースより)


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砂漠のキツネ


常に最前線で陣頭指揮を執り、寡兵を率いて優勢な英軍を崩壊寸前まで追いつめたドイツの名将ロンメルと麾下のアフリカ軍団。「砂漠のキツネ」と畏れられた男たちの不屈の戦いを、綿密な取材で克明に描く迫真の戦記ドキュメント。

内容(「BOOK」データベースより)








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彼らは来た―ノルマンディー上陸作戦


彼らは来た決戦の日はいつか?彼らはどこに来るのか?ノルマンディーの沃野で、最悪の事態を予期しつつ最後まで勇敢に闘った戦士たち。第二次世界大戦を決した苛酷な戦いのドキュメンタリー。

内容(「BOOK」データベースより)









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posted by 都の御曹司 at 12:27| パウル・カレル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする