2015年11月29日

第二次大戦の超重戦車 : オスプレイ・ミリタリーシリーズ40

オスプレイ・世界の戦車シリーズ第40巻目は、第二次世界大戦で恐竜進化的な発展を遂げて登場した世界各国の”超”重戦車をフィーチャー。収録車種は有名なドイツの超重戦車「マウス」や「E100」のほか、フランスのシャール2C、イギリスのTOGシリーズ、ならびにトータス、ソビエトのKV-4、アメリカのT28など盛りだくさんで、最近になってプラモデル化されて注目を集めている日本陸軍の幻の重戦車「150トン戦車/オイ車」についても触れており、戦記ファンやモデラーに限らず、ゲーマー層の読者にも興味を持って読んでいただける内容となっています。



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2010年01月30日

パンターvsシャーマン バルジの戦い 1944

パンター戦車とシャーマン戦車は、第2次世界大戦の戦場でいかなる戦闘力を見せつけたのか? 本書は、ドイツ軍がかつての勢いを取り戻そうと躍起になっていた1944年のヨーロッパ北西部の戦場という舞台で重要な役割を担っていた二つの戦車を比較するという魅力的な題材を扱っている。すべての戦車は、装甲、機動性、火力という3つの技術的な基本要素のバランスを考慮して設計されているが、これをふまえ各々の戦車の設計や開発経緯を分析することで、著者スティーヴン・ザロガは、シャーマンよりもパンター戦車の方が明らかに優れた戦車であると結論している。しかし、個別の能力を比較するだけでは、実戦での真の優劣を決めることはできない。どちらが先に敵を発見するか? どちらが先に攻撃するか? 戦術的な状況が戦いにどう作用するかということが重要なのである。本書は、アルデンヌの森の激戦を詳細に眺め、この2つの戦車の成功と失敗の本質を追求している。
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2010年01月10日

パンターvs T‐34 : ウクライナ1943

 初陣を飾るドイツ軍の新鋭戦車パンターと数で勝るソ連軍のT-34がクルスクの地で激突する
 パンター戦車とT-34、独ソ両軍を代表するこの主力戦車について、その戦闘力や弱点、運用法や戦術、そして乗員の訓練まで、あらゆる角度から徹底分析!第2次世界大戦最大の地上戦、その行方を決めたクルスク戦以降の戦いに焦点を当て、両軍の戦車兵の目線も重視しながら本書は鋭い分析を加えている。詳細な戦闘序列を元にしたデータにも注目。臨場感あふれる写真とイラストは、巨人の激突と呼ぶにふさわしい、阿責なき死闘となった数々の激戦をありのままの姿で、その目に焼き付けるだろう。



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2009年10月21日

タラワ1943 : 形勢の転換点

「たとえ百万の敵をもってしても、この島を抜くことは不可能であろう」

タワラ島の守備隊司令官、柴崎恵次海軍少将が豪語したその堅牢な島は、それまで連合軍が攻撃した太平洋のあらゆる環礁よりも厳重に防御されていた。ガダルカナル攻略に続く、連合軍による南方諸島攻略の上陸戦は熾烈を極め死屍累々の屍を築いた……。海軍陸戦隊とアメリカ海兵隊の激突の記録

タワラ環礁のベティオ島は海軍特別陸戦隊の精鋭が守りにあたり、守備隊指令柴崎提督は「たとえ百万の敵をもってしても、この島を抜くことは不可能であろう」と豪語していた。上陸侵攻作戦は模索段階だったが、海兵隊第2師団はその言葉を覆すべく、いくつもの深刻な作戦ミスを克服し、76時間にわたる未曾有の激闘を繰り広げた。その代償に海兵隊は約3千7百名の守備隊に対し、3千名を越す損害を被った。得られた戦訓により、アメリカ軍は日本軍の戦闘能力を正確に知ったのだった。
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2009年08月08日

装甲列車 : オスプレイ・ミリタリーシリーズ39

アメリカ南北戦争で初めてその姿を見せ、普仏戦争やボーア戦争にも投入された装甲列車は、第1次世界大戦の東部戦線で際立った戦果を挙げた。そしてロシア内戦にも投入された装甲列車は、戦いの舞台を中国大陸へと移しながら日本との戦闘にも投入されている。独ソ戦も彼らの舞台であったが、航空攻撃に対して脆弱だったことが祟り、徐々に脇役へと追いやられたいった。スティーヴン・J・ザガロは装甲列車の起源と発展の歴史を検証し、技術的な詳細と共に、装甲列車の戦いの物語を本書の中で明らかにしている。






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2009年08月01日

日本軍落下傘部隊

第二次大戦時の日本軍にも空挺部隊が存在した。本書は、この知られざるエリート部隊について、創設の経緯、装備編成から運用の軌跡に至るまでをコンパクトにまとめて、わかりやすく紹介する。特に旧帝国陸軍の挺進連退、あるいは旧帝国海軍落下傘部隊としての横須賀第一・第三特別陸戦隊の1942年初頭の活躍を中心に、1944‐45年の最後の戦いまでを、米軍の戦時情報資料をもとに、なおかつその不備を正しながら追いかける。珍しくも貴重な写真、精密な再現イラストを交えて、戦史の陰に埋もれた精鋭部隊の足跡に迫った好著。







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2009年06月13日

シャーマンファイアフライ : オスプレイ・ミリタリー・シリーズ38

ファイアフライ戦車は、連合軍が戦場に送り出した、最強の主砲を持つ戦車である。アメリカが生み出したシャーマン戦車の車体に、イギリスは独自開発した強力な17ポンド戦車砲を搭載した。それは当時、ヨーロッパを席捲していたドイツ軍戦車を撃破できる切り札となるべき戦車砲だった。本書ではファイアフライそのものに加え、連合軍兵士に与えた心理的効果に関するテーマを深く検証している。戦場における成功と失敗を丹念に追い、その真価を明らかにした本書を読めば、ファイアフライに関する包括的な知識を得られるだろう。







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第二次大戦の帝国陸軍戦車隊

第二次大戦中に日本陸軍が導入した戦車は、対戦車能力は劣るものの起動力には優れたものがあり、歩兵の戦闘支援を主任務として活用された。本書は日本初の戦車部隊の構成からそのドクトリン(教義)、慣習、戦歴までをまとめた英文図書を訳出。独自の戦車部隊の編成から訓練、戦術に加え、中国、マレー、蘭領東インド諸島、ビルマ、フィリピン、太平洋諸島における作戦史ならびに貴重な戦車兵の戦闘手記を収録。帝国陸軍戦車隊の実像に迫る。







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2009年06月06日

日本の戦車1939‐1945 : オスプレイ・ミリタリー・シリーズ37

第二次世界大戦の緒戦で、日本軍は戦車部隊を駆使して大戦果をあげた。ヨーロッパの研究成果を導入した日本は、1920年代から30年代を通じて斬新な戦車を開発し、太平洋戦争に先立つ日中戦争を優位にすすめている。そして太平洋戦争が勃発してからは、主戦場を南方に移し、戦車は通過不可能と思われていたジャングル戦では見事な迂回機動で、マレー半島やシンガポール攻略に貢献している。しかし、戦争が長引くにつれ、軍需生産は海軍に集中するようになり、戦車の開発は停滞して、やがて時代後れの代物になってしまうのだ。詳細な写真とイラストで、日本軍戦車に迫る。





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2009年02月14日

硫黄島の戦い1945 〜 海兵隊が掲げた星条旗

太平洋戦争の行方を決定づけた激戦の地、硫黄島。攻略任務を一身に負う遠征部隊司令官ホランド・スミス海兵中将は「海兵隊史上、もっとも容赦なく、高い代償を支払った戦い」と評しているが、過去の激戦も霞むほど、硫黄島の戦いは凄惨だった。日本本土を往復するB‐29爆撃機の中継点にあたる硫黄島は、アメリカにとって喉から手が出るほど欲しい戦略的要地だった。しかし、2万名を超える硫黄島守備隊は、地下深くまで張り巡らされた迷路のような陣地で、海兵隊を待ちかまえていたのである。本書は、この戦いの実相や、その遠因から結末までを克明に記録している。





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2009年01月25日

カセリーヌ峠の戦い1943 : ロンメル最後の勝利

北アフリカ1943年2月のカセリーヌ峠を巡る戦いは、ついにヨーロッパ戦域へと進出したアメリカ軍に、砲火の洗礼を施すことになった。そして、この峠道を奪取しようとしたドイツ軍の攻勢こそ、主導権を取り返そうとしたロンメル最後の試みであった。だが、会戦当初こそアメリカ戦車部隊を壊滅寸前に追いこんだロンメルの作戦はたちまち行き詰まり、枢軸軍はチュニジアに袋のネズミとなるのである。本書は、枢軸軍にスターリングラードで失われた将兵数に匹敵する損害を与えることになったカセリーヌ〜ファイド峠とそれに続く作戦で、いかに米軍が敗北から立ち直りチュニジア戦の終結へと向かったのか、この北アフリカ戦線の決定的な戦いに焦点を置き史実を追う。



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2008年12月08日

パールハーバー1941 : アメリカ軍から見た真珠湾攻撃

1941年12月7日は第二次世界大戦の歴史でもとりわけ重要な日?アメリカが参戦を決定づけた日として記憶されている。優勢なアメリカ太平洋艦隊を打倒すべく、6隻からなる空母機動艦隊は二波に及ぶ攻撃機群を発進させ、まだ眠りの中にあった真珠湾を襲ったのである。攻撃は大胆不適な戦略を綿密な計画が成し遂げた軍事的偉業か、それとも外交的な欺瞞を弄して成功させた恥知らずな悪行か、立場によって見方はまったく異なるだろう。本書は、最新の調査によって明らかにされた新事実を盛り込みながら、フランクリン・ルーズヴェルト大統領が「人生の汚辱」と呼んだ、運命の一日の真相に迫る。





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2008年11月29日

ティーガー I 重戦車 vs シャーマン・ファイアフライ:ノルマンディ1944

ティーガー重戦車は、まさしく機械の怪物としてヨーロッパの戦場に君臨していた。1944年夏に投入されたシャーマン・ファイアフライ戦車がこのモンスターを打ち負かすまで、ティーガーは、第二次世界大戦が生み出したもっとも恐るべき兵器の代表として、無敵戦車という名声を確固たるものとしていたのである。ティガー・エース、ミヒャエル・ヴィットマン最期の戦いで搭乗した「007」号車を撃破した無名のファイアフライ砲手に取材。その証言を交え、ライバル戦車の開発、乗員訓練、戦車兵の日常と実戦・戦術を比較する。







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2008年02月23日

M3リー&グラント中戦車―1941-1945 : オスプレイ・ミリタリー・シリーズ36

1941年み米国で設計されたM3中戦車は、旧世代からM4シャーマンへの「橋渡し」を見事に果たした。武装配置がフランス戦車のように変則的なものになったのは、砲塔の鋳造施設がまだ整っていなかった時代のなごりである。M3の米軍型がリー、英軍型がグラントと呼ばれたのは、イギリスへのレンドリース供与の必要性から2種類の砲塔が設計されたためである。その主砲はドイツ戦車の装甲を貫通可能で、特に榴弾の火力は、アフリカでドイツ軍の小目標、とりわけ対戦車砲の脅威にきわめて有効なことを証明した。本書はその設計、開発史、戦歴、そして第二次大戦中に各国陸軍の屋台骨を支えた、さまざまな派生型について解説するものである。


(モデルカステンHPより)
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2007年12月08日

第二次大戦の連合軍婦人部隊

1939〜45年にかけて、連合諸国の女性たちは戦争支援活動に多大な貢献を果たした。「銃後の守り」という重要な役割以外に、概算でもソヴィエトで100万人、イギリスで50万人、アメリカで20万人、その他の連合諸国でも数万人の女性たちが制服に身を包み、軍隊に勤務していた。この数字を別の見地から見れば、アメリカ人女性の入隊だけでも、歩兵師団15個以上を編成しうる数の健康な男性が捻出されたことを意味する。女性が危険を伴なう任務に就いていたのは、ソ連だけではなかった。数百名もの英国連邦軍と米軍の婦人兵が戦死し、勲章を授与された者も数多くいた。本書はイギリス軍とアメリカ軍を中心に、婦人部隊とその制服について紹介した解説書である。



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2007年10月06日

クロムウェル巡航戦車―1942-1950 : オスプレイ・ミリタリー・シリーズ35

第二次世界大戦の初期、イギリス軍は戦車のカテゴリーを歩兵の行動を支援する「歩兵戦車」と、突破追撃用の「巡航戦車」という2種類に分類していた。しかしフランス戦での敗北は彼らに戦車設計の見直しを迫り、またアフリカ戦線の教訓は重装甲で機動性の高い「重巡」戦車の必要性を痛感させた。この時、ロールス・ロイスエンジンの戦車版が大いなる可能性をもたらし、紆余曲折の末に第二次世界大戦のイギリス戦車で最も成功を収めるクロムウェルが誕生する。本書は、ドイツ戦車隊と互角に渡り合い、戦車モデラーにも人気の高いクロムウェルシリーズの誕生に至る経緯から、対戦後期の西部戦線における戦歴、各タイプを紹介し、さらに派生型と、大戦後の歴史を解説する一冊である。



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2007年07月07日

第二次大戦のドイツ軍婦人補助部隊

ナチス統治下の時代、ヒトラーの主婦と母親の社会的立場に対する保守的な価値観のため、イギリスや連合諸国に比べ、ドイツの女性が戦争で積極的な役割を果たすことは少なかった。だが戦争の長期化に伴い、ドイツの女性たちも補助婦として制服に身を包み、陸軍、海軍、空軍、そしてSSで、主に通信と防空関連の任務に就いたのだった。本書は軍属補助婦隊の組織、制服、徽章について解説し、さらに赤十字社の看護婦、労働者団体の補助婦隊、税関補助婦、国家社会主義者婦人会、そしてドイツ少女同盟(ヒトラーユーゲント)までも網羅した唯一の書である。





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2007年05月26日

第二次大戦の歩兵対戦車戦闘

第二次大戦中、歩兵と戦車の間に繰り広げられた戦場での駆け引きは、どの戦線にあっても戦闘の中核をなした。緒戦の「電撃戦」の成功により、戦車は戦場の覇者として君臨した。これに対抗するために新たな歩兵戦術と兵器が、その一部は極めて危険なものであったが、続々と採用されていった。各国陸軍は、より強力な対戦車砲と新型携行兵器を求めて、開発力を競い合ったのである。ついに1945年には、新世代の革新的兵器である肩撃ち式対戦車兵器が広く普及するまでになった。本書は、連合国、枢軸国の主要国陸軍における対戦車戦闘への取り組みの推移を、豊富な写真と図版を交えて詳細に解説するものである。


<モデルカステンHPより>


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2007年05月03日

コンドル兵団 〜 スペイン内戦に介入したドイツ人部隊

「コンドル兵団」はスペイン内戦の際、フランコ将軍の率いるナシオナリスタ(反乱軍)を支援するために、ヒットラーが送り込んだ陸兵と飛行兵からなる遠征部隊である。ナチ・ドイツはこの戦いを兵器と戦術を改良するための好機とし、軍事教官団のほかに砲兵、戦車、それに航空部門の戦闘部隊を現地に送った。これらの部隊は火砲や戦車、飛行機を実戦の場で試し、専門技術を磨き上げて、それを1940年の「電撃戦」に生かすこととなる。第二次大戦の緒戦期に卓越した成績を収めた将校たちの多くは、スペインでその最初の戦果を挙げている。本書はこの兵団の構成、独自の制服、それに記章を詳しく解説している。


<モデルカステンHPより>


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2007年02月14日

英仏海峡の要塞―1941-1945 ヒットラーの不落要塞

1940年のフランス降伏後、イギリス政府は11世紀から王室の所有であった英仏海峡の自国領土、チャネル諸島を戦略的に無価値であるため防衛しないと発表。ドイツ軍は6月末に同諸島を占領し、以後終戦まで支配し続けた。チャネル諸島は第二次世界大戦中ドイツに占領された唯一のイギリス領であり、そのことをヒットラーは少なからず意識していた。そして、1941年10月10日、「チャネル諸島を不落要塞にせよ」とのヒットラーの命令により、これらの島々は大西洋防壁最強の要塞地区に変貌した。本書は現在も多くの遺構を残す要塞島の当時の構造、建設過程、守備隊の編成を解説し、ドイツ軍によるチャネル諸島占領と強制労働の実態を記している。


(モデルカステンHPより)


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2006年06月01日

ベルリンの戦い1945

ospbelrin.jpg

1945年4月16日、ソ連軍は遂にベルリン作戦を発起し同月25日に首都包囲陣を完成。その先に待っていたのは、歴史上最も凄惨といわれた市街戦であった。本書は1945年1月に東部戦線で開始されたソ連軍大攻勢からはじまり、同年4月から5月にかけてくり広げられたベルリン攻防戦を写真と地図、カラーイラストで紹介。独ソ両軍の部隊編成、攻撃側・防衛側双方が予定していた戦術と戦況の推移を追い、ヒットラーが総統地下壕に入ってから自殺するまでのあいだに地上で何が起こっていたのか、そして首都陥落の日、さらにその後を解説。




内容(「BOOK」データベースより)






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2006年05月19日

太平洋戦争の日本軍防御陣地―1941‐1945


太平洋戦争は島々をめぐる戦いであった。日本軍はいずれの戦場でも、米軍を容易には寄せ付けず、最後まで苦しめた。北の辺境アッツから、赤道を越えた南方の密林まで、洞窟、トーチカ、そしてたこつぼのレベルまで巧に陣地を構築、カモフラージュして頑強に抵抗を続けた日本軍野戦部隊。防御戦闘を潔しとしない日本軍は陣地戦について多くを残さず、その実像は謎に包まれていた。だが、太平洋での思いがけない苦戦を前に、米軍はそれまでの敵との戦いを冷静に分析し、「日本陸軍便覧」というマニュアルを作成、その戦術を図表と記録に残した。米軍の分析レポートを基に、多数の記録写真・カラーイラストを駆使して日本軍の戦いを明らかにする。


内容(「BOOK」データベースより)


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2005年07月12日

V-1飛行爆弾―1942-1952 オスプレイ・ミリタリー・シリーズ34

1944年6月、V‐1飛行爆弾が最初に前線に配備されると、ヒットラーは英国に対する攻撃の開始を命じた。連合軍側にバズ・ボム(ブンブン爆弾)、ドゥードルバグ(アリジゴク)などの呼び名で知られたV‐1は、世界で最初の巡航ミサイルであった。本書はV‐1の初期の構想、配備部隊と戦歴、1944年のフランスにおける最初のV‐1攻撃作戦、「クロスボー」作戦に代表される連合軍側のさまざまな対抗策と、その後のアルデンヌ~バルジ攻防戦の時期に行われたV‐1による攻撃作戦など、すべての側面にわたって詳細に記述。米国のコピー版「JB‐2」「ルーン」と戦後のソヴィエトのいくつかの試みなど、外国で生まれたV‐1の派生型についても述べる。


内容(「BOOK」データベースより)


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2005年06月27日

M26/M46パーシング戦車 1943‐1953 オスプレイ・ミリタリー・シリーズ19

パーシングの開発がいかなる妨害によって遅延したのか、なぜもっと早く就役させられなかったか、という疑問に、アメリカにおける重戦車の開発状況と、当時の陸軍の戦車運用基本原則に遡って回答する。



内容(「MARC」データベースより)








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クルセーダー巡航戦車1939‐1945 オスプレイ・ミリタリー・シリーズ16

大戦前半のイギリス軍巡航戦車カヴェナンターとクルセーダーの開発と変遷、戦歴、そして指揮・観測戦車、架橋戦車、戦車回収車などの派生車両を解説。また、イギリス陸軍の砂漠の戦いを追う。


内容(「MARC」データベースより)










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