2010年10月25日

ドイツ武装親衛隊【改訂版】

グランドパワー1990年8月号別冊「武装SS大平原の決闘」と同1990年9月号別冊「武装SS大平原の決闘2」を、再編集して合本化した別冊。ドイツ武装親衛隊の創設から巨大な戦闘集団に成長して行く過程と、SSの主要師団の戦闘を東部戦線中心に、スターリングラード攻防戦、クルスク戦車戦、アルデンヌ攻勢まで写真約360点を交えて詳しく解説。ドイツ武装親衛隊ファン必携の資料写真集。

1 武装親衛隊の創設と成長
 当初はナチス党の武装勢力であったが、1942年以降は多数の師団が創設された。その過程を解説するとともに、武装親衛隊士官候補生の課程教育も解説。4ページ。

2 武装親衛隊実戦へ
 武装親衛隊が、1941年初期に4個師団を保有して、西部戦線と東部戦線で戦功をあげるまでを解説。4ページ。

3 ダス・ライヒ師団(東部戦線1941〜42)
 2番目の師団として創設された、ダス・ライヒ師団をバルバロッサ作戦中心に解説。12ページ。

4 トーテンコップ師団(東部戦線1941〜42)
 3番目に創設されたトーテンコップ師団は、バルバロッサ作戦では北方軍集団に配属されレニングラードで戦闘を行なった。その攻防戦を中心に紹介。16ページ。

5 バイキング師団(東部戦線1941〜42)
 外国人義勇兵を中心に編成されたバイキング師団は、バルバロッサ作戦では南方軍集団に配属され、キエフを攻撃目標として進撃した。ロストフ戦も交えて解説。6ページ。

6 武装親衛隊騎兵部隊(東部戦線1941〜43)
 後方地域では、パルチザン掃討や警戒任務に多数のSS騎兵部隊が運用された。第8SS騎兵師団を中心に解説。4ページ。

7 スターリングラードのソ連軍
 第6軍を主力とするドイツ軍は、スターリングラードに攻撃を行なった。しかし、ソ連軍は反撃に出て、逆にドイツ軍を包囲した。ソ連軍の戦闘を中心に紹介。6ページ。

8 武装親衛隊装甲軍団(ハリコフ1943年春)
 スターリングラードで勝利したソ連軍は反攻を開始し、ドイツ南方軍集団は危機的状況に陥った。新たにライブシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラー師団とダス・ライヒ師団で、武装親衛隊装甲軍団が編成され南方軍集団に配属された。そのSS装甲軍団の戦闘をハリコフ攻防戦中心に紹介。24ページ。

9 クルスクの戦闘(1943年)
 ドイツ軍は形勢逆転のため、ツィタデレ作戦を開始した。SS装甲軍団も参加して数々の武勲を立てた。このSS装甲軍団の戦闘をティーガー重戦車大隊とともに、クルスク戦車戦を中心に解説。32ページ。

10 後退する武装親衛隊
 ツィタデレ作戦以降、ドイツ軍はソ連軍に圧迫され続ける。また西部戦線で連合軍はノルマンディー上陸作戦を行なった。ラインの守り作戦(アルデンヌ攻勢)のヒトラーユーゲント師団やホーエンシュタウフェン師団等の、SS師団の戦闘を解説。18ページ。

11 武装親衛隊と外国人義勇兵
 武装親衛隊は第2次大戦中も拡大増強を行なった。そのため、ドイツ人のみでは将兵が不足し、ドイツ系民族や外国人義勇兵も、多数が補充要員として編成に加えられた。その実態を解説。8ページ。

12 ベルリン攻防戦
 1945年4月、ソ連軍はベルリンに大攻勢を行なった。その様相を、ソ連軍が撮影した写真を中心に紹介。10ページ。

13 武装親衛隊師団略史
 第1番目のSS師団ライブシュタンダルテ・SS・アドルフ・ヒトラーから、ダス・ライヒ、トーテンコップ、ポリツァイ、バイキング、ヒトラーユーゲント等と、38個もの師団が創設された。その38個師団を、創設から戦闘及び基幹部隊とともに解説。14ページ。
posted by 都の御曹司 at 18:40| グランドパワー別冊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする